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第7章  中村天風について






   中村天風 再考察その3=心
   中村天風のすごさは、心、人間の心とは何かの分析・啓示にあります。
   彼の講演(彼は著作物としてはあまり残していないのです)の言葉の数々は珠玉です、が・・
   言っていることは(私の理解としては)、禅の思想とほとんど同義と思います。
   すごいのは、それを、大変わかりやすく説いているところです。
   彼の言いたいことは、下記の言葉に集約されます。
   「せっかく、人間として生まれてきたからには、思いっきり幸せを味わおう。
   確実に、誰もいつかは死ぬわけで、どうせなら死ぬまでの時間を、有意義に過ごそう。
   そうして、生き抜ければ、それは完全な人生と言える」
   では、その完全な人生を歩むためには・・・ 
   ということで、彼は心身統一法を、人々に説いて聞かせたのです。
   すべては心である。心を理解して、それを鍛えれば、人生を幸福に全うでき、
   健康も簡単に得られると、「心の鍛錬の実践法」を示したことにあると言えましょう。
   仏教も禅も、「悟れば永遠の幸福を得られる」と言っています。
   で・・悟れば本当にそういう境地になるでしょう。
   しかし、万人がわかる実践法を、示しているわけではありません。
   ただただ「悟れ」というのです。
   で・・悟ったかどうかは以心伝心、師から認められ、経典には書いていない(口伝外)なわけです。 
   少々脱線しました。心の話に戻ります。
   禅(仏教)でも、心の働きを「色受想行識」という表現を使いますが、
   天風は、その概念を、肉性心(物質心、植物心、動物心)と、心性心(理性心、霊性心)、
   という言葉を使って、「ほぼ同じ心の動き」を説明しています。
   仏教では、貪瞋痴(とんじんち)を 心の三悪として戒めますが、
   天風も、「感情情念」の中の「消極的動物心」と表現し、
   「焦熱地獄(しょうねつじごく)8万6千の煩悩」と猛烈に非難しています。
   仏教では、色を受け取り(受)、思う(想)までは、OKであるが、
   それを、自分の感情に照らし合わせて、比較検討し(行)、 
   心が動揺したり、影響され、心がかき乱される(識=貪瞋痴感情が生じる)ことになる前に、
   対処しろと言っていますが、天風も言っていることは同じです。
   表現はかなり独特です。そのまま引用します。(講演ですから口語体です)
   「心というものは、厳粛に言うと、生きるために使うので、使われるためにあるんじゃないんだから、
   これを忘れちゃだめだよ。心に使われたら、心配も煩悩も、もうとめどなく心の中を暗くするだけだ。
   同じ物事に接触してる場合でも、その接触してるものと心との関係が、
   その心が、その接触しているものを対象としていない、自分自身の生命を使いだしたら、
   もうおしまいだから。・・・ いままでなかったようなノイローゼだとか、神経衰弱だなんて、
   愚にもつかない病が、煩悶や悩みや悲観や苦労や、あるいは怒りや恐れという、
   さっきいった消極的感情どもを、あれこれと、心に感じて生きている人がいかに多いか、
   見てみりゃすぐわかる。これすなわち、心に使われているから。」
   どうですか?理解していただけましたか?
   つまりは仏教では、行と識は、貪瞋痴に行く方向で心を使うと、
   とんでもないことになると教えますが、天風は、消極的感情に心を支配されるな!!
   という表現で、仏教と同義の意味を諭しています。
   さて、長くなりました。この続きは後日「加筆」します。
   天風は、こんな文章も、円相として残してます。
   「ひとのよろこびを、わがよろこびとなすこころこそ、まことのひとのこころである」
   (全部ひらがな)
   まさに禅ですよね。
   
   2016年5月30日



   中村天風 再考察その2=多くの箴言
   『中村天風 再考察その1』を書いてから、1か月と10日ほど経過しました。
   中村天風の著作(正確には講演を文章化して体系化したもの)を、5-6冊読破してみました。
   いやはや大した人物です。改めて彼のすごさを再認識しました。
   彼の人物像を表現すると、宗教家でも、哲学者でも、心理学者でも、養生訓を述べる医者でもなく、
   それらを全て兼ね備えた、「人生の達人」という表現が最適でしょう。
   彼は奔馬性結核(ほんませいけっかく)を患い、生死をさまよった中で、
   インドヒマラヤの山奥でのヨガの修行から、悟りを啓いたのですが、
   彼は、「悟りとは、自分の心が、真理を感じた時の心の状態を言う」と記しています。
   真理を感じた時の心の状態は、彼曰く、簡単に得られる、とのこと。
   しかし、ほとんどの人間は、まるで頭の上から帽子をかぶせられているが如く、
   きれいな心の上に、雑念妄念が覆いかぶさっているために、真理の中に生きながら、
   真理を悟ることができない、と言っています。
   これは、禅の表現の、「月はそこにある。ただ曇っているから見えないだけだ。
   また、いくら水面に映った月を捉えようとしても、そこには水があるだけだ。
   月そのものを見なさい」ということと同じです。
   ただ天風は、悟りに至る方法論を、具体的に示している点で、
   釈迦とも、達磨とも、道元とも、強く異なるわけです。
   すなわち、how to sayや、how to showは、誰でも示しているが、
   how to doは天風が初めてである・・と。それが 何と言っても すごい!!!
   その方法論は、『中村天風 再考察その1』でも上げている、
   *観念要素の更改
   *積極精神の養成
   *神経反射の調節
   ということですが、  
   「せっかくこの世に生まれてきたのだから、思いっきり生きなければもったいないではないか!!」
   そのためには、健康で 煩悶(はんもん)をせず、心身ともに豊かになろう!!との、
   極めてわかりやすい啓示です。
   悶々とするな!!悶々としているその心は健康に悪い!!
   その悶々としている時間は無駄でもったいない!!だから心をいつも積極的に維持しろ!!
   箴言1
   「人生の出来事に対応する其の精神態度が、積極か消極かということで、その結論の正否が決定する」
   俺はもうだめだ・・と思えば望み通り、ダメな人生を送れ、
   「俺は絶対成功してやる」「俺の病気は絶対完治できる」と強く思っていれば、
   その精神作用が、人生の運命を好転させ、はつらつと活きている場合が多い・・と看破する。
   為せば成る、為さねば成らぬ何事も、成らぬは人の為さぬなりけり=上杉鷹山=と同じですね。
   僕自身は、仕事も趣味(ゴルフ、ジャズ)も、時に弱気(嫌気?)になる時があります。
   まだまだ天風から、お叱りの言葉をいただきそうです。
   絶対的積極との対極には、煩悶、煩悩、悲観、苦労、怒り、恐れ、陰湿という言葉が並ぶそうです。
   見るからに、「何事も成らぬ」になりそうですね。。。
   次回は、彼の健康論を語りたいと思います。
   
   2016年5月10日、5月16日加筆



   中村天風 再考察その1
   2003年5月からこの随筆を書きだして、早いものでもう13年です。
   最初のころの随筆を読んでみると、僕の心境としては、仕事にまい進してきた自分を、 
   もう一度見つめなおしたいとの思いで、人生や人生観を、主に禅思想を通して考えていたようです。
   ところで皆さん、中村天風はご存知でしょうか?
   僕も2003年〜2005年、禅思想を勉強していたころ(今でも座禅していますが)に、
   中村天風を知ったのですが、最近になって、再度、その教え「心身統一法」を再勉強してみて、
   彼の「心」へのアプローチに、共感するところが多い自分を発見しました。
   2005年当時の自分は、もうちょっと禅的な考えに共鳴していて、彼の心身統一法は、
   頭では理解を示しえても、いざ自分が実践するとなると、かなり隔たり大きい印象でした。
   というのも、彼は、一言でいえば、「超積極主義者」で、運がないときでも、病で不調なときでも、
   常に心は、積極性を保ちなさい!!というのが、彼の心身統一法の教えです。
   そう・・・超積極主義と言えば、現代では、松岡修造が有名ですね。
   「毎日修造」のカレンダーが、百万部を超える勢いで売れているそうですが、
   中村天風は、実は、その松岡修造にも、多大な影響を与えている人物です。
   松岡修造は、中村天風の著作物は、ほぼ全部所有して熟読しているそうです。
   実は、中村天風の薫陶を受けた有名人は数知れず、直接指導を受けた、明治・大正・昭和の、
   偉人たちでも、松下幸之助、ロックフェラー、双葉山、東郷平八郎、稲森和夫、
   広岡達朗、永守重信、尾崎行雄など、錚々(そうそう)たる名前が連なっています。
   ここでは、中村天風の人物像は省略しますが、その教えは、
   「どうやって心を、本来の霊魂である自分自身が支配して、真の幸福を掴むか」でありますが、
   それはまさに、禅で問う、「本来の自己」「祖師何故西来したか」「父母生まれるまえの自分」
   を悟るための、実践的方法論であります。
   彼の教えは、
   *観念要素の更改
   *積極精神の養成
   *神経反射の調節
   によって、真の幸福に満ちた人生を得ることができると、言っています。
   ここでその3つを詳しく述べると、随筆が5千語〜1万語くらいのスペースになってしまいますので、
   まずは、もしご興味あれば、彼の著作である、「幸福なる人生」あるいは「真人生の探究」を、
   ご一読ください。
   ではなぜ、上島は今・・中村天風なのか?ですが、
   2005年当時から、僕も人生観が変化してきたのでしょう。 
   なんだかんだと言って、いずれ死ぬまでの人生・・・ 思い悩んでもしょうがない。
   全てを受け入れて、すべてを前向きに考えるべき。
   それが最高の幸せという、彼の哲学に共鳴してきたからでしょう。
   天風については、もう少し書いてみたいと思いますので、この章は、「その1」とします。
   
   2016年3月29日