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Help Your Imagination!

 第8章  一般・趣味






   ジャズアドリブについて
   『心の解放とジャズ』でも書きましたが、ジャズセッションでアドリブをするのですが、
   非常にうまく「気持ちいい」演奏が出来た場合と、かなりひどい出来の場合があり、
   ひどいときは落ち込みます。
   アドリブって何だろう、どうして開放を味わうほど気持ちいいときと、
   違和感に(さい)まれるときがあるのだろう、その違いはどこからくるのだろうか、
   と考えていたとき、ハタと気がつき、セッション練習会HPに下記を書き込みました。
   (引用)
   昨日の先生方とのセッション練習会で、教則本が言っていることが、
   下手なりに、少し実感してきました。
   アドリブって、英語のadd(加える)と、live(命、活力)の意味でしょう。
   「曲に命を吹き込む」ことかも知れません。
   コードもモードも、飽くまで「曲にどうやったら命を与えられるか」、
   の解釈を助けてくれるもの(手段)で、それは決して目的ではないということです。
   我々の練習曲は、何回も練習して、下手なりに「曲のイメージ」を描きつつ、
   アドリブを模索していますが、初見とかで、なぜあまり上手くいかないかは、
   基本的に「技術的未熟」があるのですが、曲の解釈もしていないで、
   「命を吹き込む」ことは不可能だからでしょう。
   赤本もとにかく、「歌え、感じろ」と言っていますのはそのことでしょう。
   ましてや、テーマも吹けない曲は、解釈以前の問題で、小生などは吹く資格もないでしょう。
   たとえコードが分かっても、それはその曲のアドリブ(命を吹き込む)でなく、
   単なるコード演奏(別の音楽)でしょうから。
   以上駄文でした。
   追記
   勿論、アドリブの英語本来はADLIBで、AD前置詞とLIBERAL、字儀にとらわれない、自由に、
   の意味ですが、小生は意訳しました。あしからず。
   (引用終わり)
   絵を描くのと同じように、気持ちが入っている作品と、型通りに描いた絵とは、
   訴えるものが違うように、きっとジャズも一種の芸術で、そのような違いがでるのでしょう。
   
   2007年5月29日



   心の開放とジャズ
   一部のお読みいただいている方から「たまには軽いものも書いてみたら」、
   とのご指摘をいただきましたので、小生の趣味にしている、
   ジャズ演奏と心の開放(ほうら!また堅苦しくなった)について書きます。
   小生は最近サックスを習い始めました。
   中学生時代のブラスバンド以来、全く封印していたサックスですから、35年ぶりとなります。
   また何と、自分たちのセッショングループも立ち上げてしまいました。
   というのも、サックスの演奏会が年2、3回あるのですが、プロのピアノトリオをバックに、
   ジャズを奏でる幸せにめぐり合え、「ジャズってなんて面白いのか」と目覚めてしまったからです。
   小生の偏った意見ですが、ジャズは聴くものでなく、絶対に演奏するものです。
   昔からジャズは、聴くのも好きだったですが、ジャズ評論家とか、ジャズ愛好家とか、
   特にジャズ喫茶のオヤジなどは、「小難しい理論と知ったかぶり」をかざしながら、
   ジャズをことさら難しい音楽に仕上げていますが、
   ある種、小生は、それに対する嫌悪感すら抱いていました。
   で、セッションを実際にやってみると、ジャズって「こんなに楽しいのか!」との発見でした。
   ジャズは英語と同じです。
   そして、日本人がなぜ英語がしゃべれないかと、ジャズに対する日本人の姿勢は、
   見事に一致していることに気づきました。
   英語が話せるようになるためには、3つ必要です。
   1つは、英語のシャワーを浴びること、とにかくいい英語、native speakerの英語を聴きまくる。
   2つ目は、それをとにかく喋ってみる。間違ってもいいから喋りまくる。
   3つ目は、「度胸」と「素直さ」です。恥じらいを捨てて、聴きまくり、喋りまくる、
   それが英語の上達のコツです。日本人は その全てが苦手です。
   まず完璧な文法を目指し、一回日本語に置き換えてから英語に頭の中で訳し返し、
   そしてたどたどしく喋る。
   自分が喋れないこと(あたりまえです。初心者ですから!)を、必要以上に恥ずかしがる。
   で、ますます喋れなくなるの悪循環です。ジャズを習い始めて、それを思い出しています。
   サックスの先生ですら、まずコードを完璧にして、変化をつけて、ドリアンモードに変換して、
   ブルーノートはどこら辺で入れて・・・など、
   まるで、一回日本語に変換し、文法をチェックしている「喋れない高校の英語教師」みたいです。
   これで「楽しい」はずありませんよね。自然な演奏ができるはずありませんよね。
   心から喜びを表現できるはずありませんよね。
   セッションのメンバーは皆、何か仕事を抱えています。
   つまり、「何かしなければならない」束縛感を共有していますが、
   ジャズは、「束縛」を最も嫌う音楽ですので、それに強く惹かれていますし、
   上記の「知ったかぶりジャズ評論家」などは、自らジャズを束縛したものにしてしまっています。
   これは駄目です。つまらないです。
   小生のセッショングループの方向性も、それを反面教師と思い、ジャズもとにかく、
   喋ることが大事と思って、小生のセッショングループは、その「無謀さ」を売りにしています。
   そして、痛めつけられるほど、「間違って」反省して、で、ジャズとは何かを習得しています。
   ジャズは、心の自由、心の開放がなければ、全然うまくなりません。またフレーズが出てきません。
   そこに仕掛けが感じられれば、その瞬間「真のジャズ」ではありません。
   中学生の英語のレヴェルであれば、たとえ、400個の単語しか知らなければ、
   400個で演奏すればいいのではないかと思います。
   演奏して、聴いて、そして徐々に単語を増やす(自然なフレーズ)、この作業の繰り返しでしょう。
   マイルスデーヴィスは、たぶん英語で言えば、5万語のボギャブラリーを持っている英語の達人ですが、
   その人が、take,have, putなどのシンプルな英語を喋っているのですけれども、
   それが非常に、上手な英語に聞こえるのは、心がコモッタ話し方をしているからでしょう。
   
   2007年5月7日



   中国商売雑感
   中国との商売に関しての戯言。
   上島として三井物産時代での約8年間、及び、タックトレーディングとしてやってきた8年間の、
   合計16年間の中国との関わりから、お客様である需要家の皆様へ、
   「中国」を考えるための一助になればと思い、下記する次第です。
   非鉄金属原料輸入商売を出発として、現在では2つの投資事業、
   アルミホイールなどの製品も手がけるようになり、
   さまざまな局面を体験しておりますが、需要家の皆様は、急激な発展を遂げている中国に対し、
   まだ、ある種のとまどい、不安、疑いをお持ちかと思います。
   古くは、金属シリコンなどでのクレーム、また相場高騰の際のnon-delivery、契約概念の薄さ、
   日本との品質管理のあまりの違い、介在する公司の未熟さ無責任さ、
   などなど、枚挙にいとまがないくらいです。
   しかしながら、2003年の現在、巨大なマーケットに育ち、豊富な鉱物資源に恵まれ、
   信じられない価格競争力を、目のあたりにしている日本人の一人として、
   今後の日本経済は、中国なしでは語れないのも、私が言うまでもなく事実であります。
   タックトレーディングは、中国の未熟さをいかに克服し、需要家の皆様に、
   中国の「よい点」のみを、スムースに伝えるため、日夜努力していますが、
   これからますます中国原料、製品を、当社需要家の皆様にご使用いただくため、
   中国との商売でのエッセンスを、16年の経験で述べてみたいと思います。
   (1)会社を信用してはならない、むしろ個人を信用すること。
   日本でも、商売では、人と人の結びつきが重要ですが、中国では、想像以上に人次第で、
   商売が左右されます。
   例えば、マグネシウムを20mt契約し、契約先が五金公司北京であったとします。
   例えですが、五金は一流の輸出商社ですが、その場合でも、「どこのマグネシウム工場であるか」
   「工場長はだれか」「工場と五金の関係はどうか」「五金の担当は工場のだれと話したか」
   「契約の存在は口頭か文書か」「その工場から定期的に買っているか」
   などが、実は、その輸入商社自身が、把握している必要があります。
   もし、そのどれも、関係が希薄であれば、実は、それは契約として本当に存在しているか、
   疑わしいのが実際です。
   もし、相場が高騰した場合、実際に商品を出荷する工場が、突然、non-deliveryを表明することは、
   たびたびあります。
   実際問題、日本の商社が、non-deliveryを理由として訴訟することは、
   時間とコストが膨大にかかりますので、多くの例では、
   「泣く泣く上昇した相場で穴埋め」するのが、一般的に残念ながらなっております。
   しかし、それは、中国にとっては、「やっぱり所詮中国は品位なき国家である」
   との悪い評判につながりますし、日本にとっても、「やっぱり中国は怖い」との印象をもつのみで、
   なにも生産的結果は生まれてきません。
   また、首尾よく出荷されても、品質クレームが起きたときには、
   問題の解決にも、多大な費用と労力がかかります。
   現在、マグネシウム、希土類など、合計8〜9品種の商品を取り扱わさせて頂いておりますが、
   結局は、「人間と人間の個性のぶつかり合い」であり、中国人を認め、日本人を認めてもらうこと、
   人間としての交流があれば、問題解決ができると信じております。
   中国人は決して「会社」では動きません。「人間」で動きます。
   日本人も人間関係を大事にしますが、「会社」を非常に重んじますので、
   「会社」の面子(めんつ)がしばしば優先しますが、中国では、会社は2の次です。
   極端な話、例えば、金属シリコンの担当が、A社からB社へ移動したら、その商売自体が突然、 
   B社との取引に簡単に変更します。 
   (もちろんB社の信用力をまた調査しなければなりませんが)
   結論、会社ではなく個人と商売する。
   従い、今度は、(2)個人の人間性の見極め、となります。
   これは、非常に難しい問題ですが、中国と日本というよりも、
   商売での根幹にもいえること、とは思います。
   人間、誰しも「儲けたい」「金持ちになりたい」との「物質的動機」がありますが、
   最近の中国では、特に、「飛躍的高度成長」の中で、「拝金主義」が横行し、
   とにかく自分のことしか考えないやからも、確かに存在しますが、
   このような人物は、できるだけ早期に見極め、はやめに「さよなら」しなければなりません。
   経済活動はある種、人間性をゆがめることとなっておりますが(残念ですが)、
   現在まで、長く商売をつづけている中国の輸出業者、工場は、彼らの「儲けたい」心とともに、
   日本に「いいものを届けたい」(つまり日本にもなにか尽くしたい)、との心が感じられます。
   慈善事業ではないのですから、当然そこには利潤追求が見えますが、
   それがあまりにも、「日本はどうでもよい」「中国さえ儲かればよい」との姿勢では、
   結局、その人物は、その業界から消えていってしまっております。
   当社では、お客様のニーズを最優先するので、中国に対しては、「ここまでやるのか」との、
   ある種、「驚き」を与えながら商売しておりますが、出張にて上島が説明するときも、
   また当社の北京事務所を通じて、強行に説得するときも、
   「つねに、自分を、客先の立場において考えなさい」と言っております。
   「もし、自分が客であれば、自分の商品を、心底買いたいと思いますか」
   「自分の商品は、価格以外に、自慢できる点はありますか」との問いかけを行ってみます。
   そうすれば、大抵理解し、改善に向け、前進することとなります。
   結論、個人との深い交流を目指す。   
   そして、商売の完成とはなにかといえば、(3)商売の喜びを共有する。
   貿易に限らず、皆様のような生産者、いや、ありとあらゆる社会人は、
   仕事に人生の大半を費やしておりますが、(私もそうです)
   人生の大半を費やすその時間を、誰も無味乾燥なものにしたいと、願っている者はいないはずです。
   ラーメン屋の主人が、一番幸せを感ずるのは、「儲けた」ことではなく、
   客から、「おいしかった。又来るよ」の一言を聞いたときであるように、
   私も皆様から、「いいものを常に供給してくれてありがとう。今後も宜しく」と言われたときが、
   一番仕事の充実感を感じます。(もちろん利潤追求を忘れることはありませんが)
   中国の工場もまさにそうです。皆様の厳しい要求(納期、品質、価格その他)を守らせ、
   厳しく指導し、それを長年遵守してきた工場には、
   「あなたの工場の製品は、このように評価され、このように感謝されています」とFEED BACKし、
   「あなたの製品は、これからも必要とされています」と伝えます。
   それが、工場長には強く強く印象として残り、
   タックの、日本のお客様の、本当の意図がここでようやく伝わることとなります。
   この段階までいけば、もはやnon-delivery、品質クレーム、納期遅れなどは、
   ほとんど起こらないこととなります。
   なにか、商売論ではなく、人生論となりましたが、
   タックの商売事情を、すこしでも理解いただけたら幸甚(こうじん)です

   2003年2月